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この季節、夜になって空を見上げるとき最初に探すのはなんと言ってもさそり座のアルファ星アンタレスである。さそり座ほどそれらしく見える星座はないが、南中高度が低いので全体がきれいに見える機会は少ない。
昨年、星野写真用の安価な追尾装置を手に入れたのに最近まで使うチャンスに恵まれなかった。それが、多忙な毎日になんとか時間を工面して、月明かりがないこと、晴天であること、夜更かしするので休日の前日であることの三拍子揃った機会がやっと訪れたのである。せっかくだからとgoogle 航空写真で探した街明かりのなさそうな場所に遠出して、夏の銀河を撮ってきた。残念ながら高い湿度で空の透明度が悪く、さそり座の見える方角の遠くの街明かりが空を照らし、近くにもナトリウムランプの外灯があったりと、決してベストとは言えない条件。露出時間を長くしてアンタレス付近にまとわりつく七色の星雲を捉えたかったのだが、それは叶わなかった。
下の写真はAPSサイズの安物一眼デジカメに古いフィルムカメラ用の55 mmレンズを装着して撮った6枚を合成したもの。途中、夜露でレンズが曇ったので射手座の北西側が大きく欠けている。あらためて眺めてみると、多数の球状星団が明るい恒星のように写って、星座の形が崩れている。
宮沢賢治の銀河鉄道の夜には天の川に沿って北から南へ旅をする様子が描かれている。以下は、いよいよ旅の終盤に差し掛かった頃である。
賢治は彼の作品に何度も手を加えているが、この部分が最終形と何も変わらないことを確認するため、敢えて初期形から引用した。よほど確信を持って書いたのだろう。
「向ふ岸の野原に大きなまっ赤な火が燃され」とあるのは、もちろんアンタレスの暗喩としてある。この星はひときわ赤い色を放っていることから、アンチ・アーレス「火星に対抗するもの」という意味の名が付けられたという。今年は火星大接近の年で、まもなく7月28日に衝を迎え、31日に最接近となる。既にマイナス2.7等の明るさで、夜8時くらいから南東の空に明るく輝いて見える。
確かにアンタレスの色は火星の色によく似ている。しかし、両者とも実際の色は赤というよりはオレンジ色である。そこで、続く、「ルビーよりも赤くすきとほりリチウムよりもうつくしく酔ったやうになって」燃えていたとの表現からは、さそり座の長時間露光のカラー写真を見たことがある者なら、この星座のそこここにある散光星雲の方を連想するだろう。例えば、サソリの尻尾の付近にあるロブスター星雲や猫の足星雲の真紅は、実際には水素の放つ色であるが、まさにリチウムの炎色反応を彷彿とさせる。この作品が書かれた頃にはそうした天体写真はまだ存在しなかったので、賢治がそのような星雲の存在を知っていた筈はない。東北の花巻付近からだとさそり座は南のかなり低い位置に見えるので、大気の影響でアンタレスの赤さもひときわ際立って見えたのだろう。
ところで、火星の大接近を報じたカラパイアの記事 のタイトルに「火星が地球に大接近。2018年7月31日に最接近し肉眼で見えるレベルに。」とあって、これはちょっと、普段は肉眼では見えないとの誤解を生むかもしれないと思った。中には、肉眼で火星の模様が見えるまで接近するのかと勘違いする人もいるような気がする。笑い事ではなく、星に全く興味のない人というのは、そんなものなのである。
数年前、田舎のコテージでゼミの合宿をやった折、夜になって天の川(milky way)が良く見えるよと言ったら、真っ先にベランダに飛び出して来たのはインド人の留学生であった。インドではPM2.5のせいで空が霞んで田舎でも天の川がきれいに見えるところは少ない。彼は、生まれて初めて見たと興奮していた。日本でも、街明かりも月明かりもない真夜中の漆黒の闇を照らす晴天の星明かりというものを知らない人は、特に都会育ちに多いのではないかと思う。賢治の「銀河鉄道の夜」も、ひどく観念的なものとしか受け取られないようになりはしないかと心配である。
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